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 今関弘道

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黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/

モクサイ通信№81(2006.01)
№81
2006.01
発行者 今関弘道
前回のまとめ
謹賀新年
モクサイを語る会、第一回は1998.05.29だったから、今年の五月でまる八年になる。ねばりと積み重ね、道学の階梯を一歩一歩のぼってきたと言うことなのだろう。昨年のわれわれの活動をふりかえってみると、二つの画期を認めることが出来る。一つは黙斎講義録および関連文献の解題の深化、もう一つはホームページの開設だった。ターニングポイントの年であったといえる。本年は、到達点を踏まえて、新たな活動スタイルを見つけ出し、これを定着させていくことが課題となるだろう。頑張っていこう。
新年早々にも「モクサイを語る会規約」(仮称)を設定し、この規約を踏まえて活動スタイルの具体化、いつ・だれが・どこで・なにをといったスタイルの具体化をはかる必要がある。
二月の課会より掲載していく
ここでは、道学における基本的な物事のとらえ方、考え方の紹介、あるいは批判といったものを掲載していく。これまで「黙斎講義関連資料」で扱っていた内容でもある。

故事・成語(三国時代)
『堅壁清野(けんぺきせいや)』(三国志、荀彧伝)
『今、東方みな収麦せるを以て、必ずや堅壁清野(壁を堅め野を清め)以て将軍をまたん。将軍これを攻むるも抜けず、これを略するも獲(かく)なく、十日を出ずして則ち十万の衆、未だ戦わずして自ら苦しまんのみ』(同上)。
障壁を固めて守りを堅くし、さらに野にある物を残らずしまい込み、攻めてきた敵に奪う物をなくさせて、苦しめる戦法で、優勢な敵に対する作戦手段のひとつとされる。
後漢末、曹操は黄巾の乱を鎮圧、?州(えんしゅう)を占領して牧となり、その勢いは山東を圧した。曹操は余勢を駆って東へ向かい、徐州の陶謙を攻めた(第一次徐州侵攻)。しかし曹操の留守をねらって、豪族の張?(ちょうばく)は、呂布と結んで?州の大半を占領。根拠地?州を失うわけにはいかない、曹操はあわてて徐州よりとって返し、呂布に対して反撃奮回戦を開始した。呂布の軍は強く、双方のにらみ合いが続き、持久戦の様相を呈した。その最中、徐州の牧の陶謙が死んだ。呂布を後回しにして、兵を徐州へ反転させんとする曹操、しかし荀彧は曹操をいさめた。
?州を見限ってはいけない。陶謙が死んで徐州の人心は動揺しているとはいえ、油断は禁物だ。今や麦の刈り取り時期、徐州では住民を動員して麦をすべて場内に入れ、城壁を固めているだろう。よって立つところを失っては、戦いの主導権は、敵に奪われてしまう。これすなわち、堅壁清野(けんぺきせいや)、こうなっては攻めても勝てず、奪う物は無し、味方は十日も経たずして自滅してしまうだろう。曹操は荀彧の進言を入れ、徐州攻略をあきらめ、決意を新たにして呂布に当たり、ついにこれを倒した。
課題は自由、必要に応じて掲載していく。

モクサイ通信№82(2006.02)
№82
2006.02
1,日時
  平成18年2月24日(金)6時30分
2,場所
  川和伊(富里市)
3,まとめ
(1)「黙斎を語る会規約」を設定した。規約は、追って「黙斎を語るホームペ-じ」に掲載することとした。
(2)課会の持ち方について。これまでの黙斎講義録の逐条解釈的な取り組みは改めることにした。これからは、会員がそれぞれテーマを設定し、その取り組み結果ないし経過を中心として、課会を運営することとした。ただし、「黙斎を語るホームページ」における「柏木作業」(黙斎講義録及び関連文献の解題作業)は重視し、これが具体化を何らかの形ではかっていくこととした。
(3)開催場所は、これまでの富里市から成東町に移すこととした。
(4) 開催日時については、これまでの金曜日午後6時30分を改めて、第二土曜日午後2時にした。
(5)「黙斎を語る会」の任務分担を次のように決めた。
幹事 柏木恒彦、斉藤房一、後藤 宏、土屋幸恵、実川嘉一、今関弘道
代表 今関弘道
会計 斉藤房一
顧問 山口先生(山口先生については、柏木さんを通してお願いすることとした)
1,日時
  平成18年4月8日(土)午後2時より
2,場所
  成東町 のぎくプラザ
3,議題
(1)中国古代暦学(天文学)について(今関弘道)
(2)大学について(柏木恒彦)
(3)会員・取り組みテーマの再確認と再設定について
(4) その他
次回に回します。
『虎を縦(はな)ちて山に帰す』(三国演義、第二十一回)
『程昱(ていいく)曰く、昔、劉備、予州の牧たりし時、某(ぼう)ら之を殺さんと謂う。丞相、聴かず。今日また之に兵を与う。此れ竜を放ちて海に入れ、虎を縦(はな)ちて山に帰すなりと』(同上)
後漢末、小沛(しょうはい)によった劉備、徐州の呂布と戦って敗れ、曹操を頼る。曹操は宴を張って歓迎し、予州の牧に封じる。宴会が終わり、程昱が曹操に云う。劉備は大志があり、英雄の気概がある。今のうちに除いておかないと、禍根を残す。郭嘉(かくか)は反対する。頼ってきた人物を殺したとあっては、丞相の名をそこない、天下統一の妨げになる。曹操は笑って、郭嘉の意見を入れる。
のち、曹操は呂布と戦い、大勝利を得て、呂布を殺した。劉備も功を立て、許昌に凱旋した曹操は、劉備を献帝に拝謁させる。献帝は皇叔(こうしゅく)の称号を与え、左将軍宜城亭(ぎじょうてい)侯に封じる。献帝は曹操暗殺を、車騎将軍の董承(とうしょう)に命じ、董承は劉備に相談を持ちかける。気の安まることのない日々が続く。
翌年、冀州(きしゅう)で勢力を広げた袁紹のもとに、袁術が玉璽(ぎょくじ)を持参し、帝位につくことを進めるという情報が、曹操の元に届く。劉備、脱出の好機、袁術を徐州でうち、とらえてご覧に入れましょうと、曹操に持ちかける。曹操は劉備に五万の兵を与え、徐州行きを許す。劉備は、関羽と張飛に、今こそ魚は海に入り、鳥は雲に入った、曹操の束縛を脱する好機だと告げる。
劉備が許昌を去ってのち、外地から帰ってきた程昱と郭嘉、軍勢を預けたことの危険性を言上。特に、程昱は、以前私は彼を殺すように進言しましたが、丞相は聴きませんでした。いま彼に兵馬を与えるのは、虎を放って山に帰すようなものです。しかし、後の祭り。劉備は徐州付近で袁術を破って自立、後の三国鼎立の基礎を固めたとは、三国演義の云うところである。
しばらくの間、インターネット(ホームページ)を介してのネットワークの構築、といった課題に取り組んでみたらどうかと思います。このことは、規約の具体化であるし、会員相互の絆を深めるとともに、仲間をどう拡大していくかという課題にもつながっています。


モクサイ通信№83(2006.03)
№83
2006.03
発行者 今関弘道
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黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
黙斎を語る会規約の掲載について
3月の黙斎を語る会(課会)はお休みしたので、この期のモクサイ通信は、前回確認したところの、「黙斎を語る会規約」を掲載する。

黙斎を語る会規約
第一条 この会は、黙斎を語る会(以下「会」という)と称す。
第二条 この会は、上総地域の先覚的思想家、教育家である稲葉黙斎の事績を明らかにし、 黙斎が大成した藤門学=上総道学を発展的に学ぶことを目的とする。
1.稲葉黙斎の事績の顕彰
(1)黙斎の講義録、著作、関連文献の分類と整理、掘り起こし、保存など。
(2)黙斎と上総地域のかかわりのさらなる解明、人的諸関係をふまえてのモクサイ像の構築。
(3)上総道学の地域に与えた影響、農民教育(寺子屋教育)、成東中学校招請運動、産業組合 運動、農会運動など。
2.上総道学の研究、上総道学の思想史上の位置づけの考究。
(1)稲葉黙斎講義録を中心とした関連資料について、読み下し、解説、通釈、語釈をステップバイステップでこなしていく。
(2)菅江林家の学、古文辞学、王学、禅学、神道、心学といった、思想史上の学派別ジャンルにおいて、崎門学、藤門学、上総道学の位置づけを明らかにしていく。
(3)上総道学、藤門学、崎門学、朱子学(宋学)、漢唐の学、諸子百家の学、孔子の学といった儒学の流れを、東洋思想の流れの中で追求していく。
(4) 明治維新から百年、西洋思想と東洋思想に通じる日本在来の思想とのつなぎ目を、上総道学を結節点として追求していく。いわば、現代の知的欲求の追求でもある。
第三条 この会の会員は、規約を認め、次の条件のいずれかを満たしたものとする。
1.黙斎を語る会へ直接的に参加できるもの。
2.黙斎を語るホームページに、間接的ではあっても参加できるもの。
第四条 この会に、幹事若干名をおく。
第五条 この会に、代表者をおく。代表者は幹事の互選による。
第六条 この会に、会計をおく。会計は会の経費の出納および管理を行う。
第七条 この会に、顧問をおくことが出来る。顧問は、上総道学に対して深い知見を有するものとし、代表者によって委任することとする。
第八条 この会の円滑な運営をするために、幹事会をおく。幹事会は、会の目的に即してこれが具体化をはかる。幹事会には会計も参加する。
第九条 この会の事業年度および会計年度は、1月1日から12月31日までとし、その運営は幹事会が責任を負うものとする。
第十条 この会の目的を達成するために次の事業を行う。
1.黙斎を語る会を定期的に開催し、黙斎講義録および関連文献の考究を行う。
2.黙斎を語る会のホームページ(http://mokusai.web.infoseek.co.jp/)を、およそ次によって主宰する。
(1)第二条にもとづいて行う、稲葉黙斎の事績の顕彰、上総道学研究の成果を公開する。
(2)会報を掲載し、会員相互に必要な情報の提供を行う。
3.会員相互の懇親(スキンシップ)をはかるため、要すれば新年会、納涼会、小旅行などを企画する。
4.会員の名簿を作成する。
5.以上のほかに、黙斎学会、行政が主宰する黙斎顕彰事業など、関連行事には積極的に参加し、上総道学にかかわる組織、機関、団体(会)などとの交流も深めていく。
第十一条 会の事業に要する経費は、会員の会費および寄付金、その他の収入によりまかなう。
第十二条 会は代表者の承認を得て、会員および会員外のものより寄付を受けることが出来る。
第十三条 新規会員の加入については、幹事会の同意による。
第十四条 本規約は2006年4月8日をもって発効する。


モクサイ通信№84(2006.04)
№84
2006.04
発行者 今関弘道
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黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年4月8日(土)午後2時より
2,場所
  のぎくプラザ2階(成東町殿台290)
  電話 0475.82.5222
3,ふりかえり
(1)黙斎を語る会規約の再確認。一部修正あり。
  第三条 次の条件「のいずれか」を。「」内を挿入。
  第十条
(2)課会の持ち方について。これまでの黙斎講義録の逐条解釈的な取り組みは改めることにした。これからは、会員がそれぞれテーマを設定し、その取り組み結果ないし経過を中心として、課会を運営することとした。ただし、「黙斎を語るホームページ」における「柏木作業」(黙斎講義録及び関連文献の解題作業)は重視し、これが具体化を何らかの形ではかっていくこととした。
(3)開催場所は、これまでの富里市から成東町に移すこととした。
(4) 開催日時については、これまでの金曜日午後6時30分を改めて、第二土曜日午後2時にした。
(5)「黙斎を語る会」の任務分担を次のように決めた。
幹事 柏木恒彦、斉藤房一、後藤 宏、土屋幸恵、実川嘉一、今関弘道
代表 今関弘道
会計 斉藤房一
顧問 山口先生(山口先生については、柏木さんを通してお願いすることとした)
次回に回します。
朱子の世界観について(メモランダム)
(1)「致知在格物」。知を致(きわ)むるは物に格(いた)るにあり。
(2)「即物窮理」。物に即(つ)いて理を窮める。
(3)全ての物には理がある。人でいえば五倫であり明徳といったものである。
(4)ただし、理は気質に蔽われて、本来の働きができない、本来の姿が見えてこない。
<論点>
(1)朱子は客観的世界(人間の意識から独立した)を認めているように思える。この世界=物には理がある。
(2)理を客観的世界の理法=法則性=運動の反映とみたてれば、この側面だけを取り出していえば、朱子の世界観は唯物論的である。
(3)しかし、理が五倫・明徳というような形をとって、客観的世界=物質的世界の反映として人間の意識のなかにあるのではなく、人間の意識から独立して、アプリオリ(人間の意識に先立って)なものとして存在するといった場合、理は宇宙の主宰者としての位置づけを獲得し、朱子の思想は客観的観念論ということになるだろう。朱子の五倫・明徳はプラトンにおけるイデアというような性格を帯びてくる。このようなものの見方は朱子にはじまったものではなくて、春秋戦国時代の孟子の性善説において、端的に見られるものである。孔子による儒学思想の分岐点、他方には荀子がいる。
(4)さらに、理と気(気質)はどのような関係にあるのか。理を客観的世界=物質的世界の理法=法則性=運動の反映として見た場合、気とはいったい何なのか。気とはすなわち、客観的世界=物質的世界=物ということではないのか。もし気をもって客観的世界そのものであるといったならば、ことさらに理をいうことはないのではないか。三浦国雄は気について次のように解説する。「宇宙に充満する微物質。アトムとは異なり,ガス状に連続していて分割できない。万物を形づくり,それに生命,活力を与えるもの。物質=エネルギーと定義される」(世界大百科事典)。
(5)理を客観的世界=物質的世界=運動の反映としてではなくて、逆に理によって客観的世界=物質的世界の運動が規定されるとするならば、先に見たように、理は世界=宇宙の主宰者、絶対者として立ち現れることになる。客観的世界=物質的世界における、生成・発展・消滅といった運動の過程は、超越的な主宰者の意思として説明される。この場合、気は世界を作り上げる材料として意味を持つ。世界のなかには、人間を含めて生物一般、石や土などの非生物一般、森羅万象全てが含まれる。森羅万象の分類の基準は、理と気の混じり具合による。気のさじ加減に主宰者の意思がおよんでいるのかどうか、判断に迷うところだ。全ての物には理がある、ということなので、見方によっては生成以後の発展・消滅の過程で主役を演じるのは気であるということもできる。二元論の不徹底な側面であるけれども、おもしろい。
(6)せんじつめれば、朱子の世界観は、運動する物質的な世界と、主宰者の意思の貫徹する観念的な世界の間を、いったり来たりしているように思える。この場合、理気という、二元論的世界観がそうさせているということでもある。世界の統一性、物質世界の統一性という命題は、古代ギリシャ哲学のアルケー以来のものではなかったか。宇宙が無限の階層をもっているとすれば、運動形態も無限である。知の追求とは、ある階層における運動=法則性の相互関連を追及することであり、諸階層間における運動(運動形態)の相互関連を追及することであるように思う。多元論的思考法は分かりやすいけれども、関連(連関)を追求するにはそぐわない。朱子の哲学においては、どうしても理とは何か、気とは何かという二元論的世界のとらえ方を問題とせざるを得ない。二元論的世界観そのものが、唯物論的世界観と観念論的世界観のふれとなって現れているともいえる。
1,日時
  平成18年5月13日(土)午後2時より
  *課会の開催日は、原則として、毎月の第二土曜日である。
2,場所
  のぎくプラザ(成東町殿台290)
  電話 0475.82.5222
3,議題
(1)前回のふりかえりについて
(2)会員の拡大対策について
(3)古代中国暦学の到達点、およびその後の展開について(今関弘道)
(4)各自取り組みテーマの確認について
(5)そ他必要なこと
 課会のレポート「小学にある黙斎、諸先輩の語」はおもしろかった。時間に追われての積み残しが沢山ある。次回に、是非とも残りをやって貰いたいと思う。ここで、説明のあったものの内、節分(まめまき)に関するものをあげておきたい。
(1)俗礼と云は礼にはたたぬ。節分に柊や鰯のやきがしらをさして鬼ををどすとは淫楽慝礼なり。
(2)節分晩にざるをつるせば目が多いから鬼が来ぬと云。豆をかぞへて年の数ほど食ふ。坐禅豆もくうくとのならぬ歯で豆を食うふ。甚だおかしいことだ。
 九十九里地方で、節分に歌う歌。「ヒイラギトトウハオッカナシ、イワシノアタマハクイタアシ」。節分には目ざるを長い竹の先にくっつけて、その竹竿を門柱に縛り付けた。ざるのなかには、ヒイラギ、大豆の殻に煮干しの頭をさしたものがくくりつけられた。トウは豆、ぱちんとはぜて邪気を払う。これは僕の解釈。「ざるをつるせば目が多いから鬼が来ぬ」、一つ利口になった。坐禅豆については、柏木さんの解説を聞き逃した。


モクサイ通信№85(2006.05)
№85
2006.05
発行者 今関弘道
黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年5月13日(土)午後2時より
2,場所
  のぎくプラザ2階(成東町殿台290)
  電話 0475.82.5222
3,ふりかえり
(1)古代中国暦学の到達点、およびその後の展開について(報告、今関弘道
(2)柏木さんの作業(取り組み)を、課会で具体化していくことを確認した。まずは稲葉黙斎の語録を分類し、その意味合いを明らかにする作業から始められる。
(3)斉藤房一さんのレポート課題として、伊藤仁斎を取り上げることを、本人はもちろんのことだけれど、みんなの中で確認した。
(4) 会員の拡大については、引き続き取り組んでいくこととした。
次回に回します。
1,日時
  平成18年月10日(土)午後2時より
  *課会の開催日は、原則として、毎月の第二土曜日とする。
2,場所
  松尾町農村改善センター会議室
3,議題
(1)前回のふりかえりについて
(2)会員の拡大対策について
(3)古代中国暦学の到達点、およびその後の展開について(今関弘道)
(4)稲葉黙斎語録について(柏木恒彦)
(5)取り組みテーマの確認について
(6)その他必要なこと
伊藤仁斎の世界観について(しんぶん赤旗 2005.07.20 村瀬裕也の論説より 再録)
(1)朱子学:空言を以て空理を説く
「仁齋が反対した朱子学では、世界とそのなかの万物は、『形而上の理』(宇宙の観念的原理)と『形而下の気』(宇宙の物質的原理)との結合として、二元論的に解釈された。だが二元論とはいっても、事物の姿を形づくる『気』よりも、それの意味・価値・秩序を規定する『理』の側に優越した意義が帰されることは言うまでもない。仁齋はこのような観念的な『理』の形而上学を『空言を以て空理を説く』虚偽の学問として退ける。『実言を以て実理を説く』真実の学問の立場からすれば、宇宙の実在は物質的な『気』の概念のみで十分に説明され得るはずである。ここから彼は唯物論的な『気』一元論を導く。『蓋し天地の間は一元気のみ』という仁齋の言葉は日本における哲学的唯物論の最初の宣言であった」
(2) 一元気:矛盾的自己同一の理法
「このような『気』一元論は今ひとつの重要な観点が結びついている。すなわち、『動』よりも『静』を重んずる朱子学とは反対に、仁齋は、世界とそのなかの事物を『一元気』の『一息の停機』もない運動態において捉える『一大活物』説を提唱したのである。ところで、仁齋によれば、『活物』の動態は『一は一なり』といった抽象的な同一性理論では把握され得ない。そこに働いているのは、『二の中に自ずから一有り』という具体的な同一性の理法、あるいは『両』の契機を含む『一』としての矛盾的自己同一の理法にほかならない。この洞察は後に三浦梅園によって壮大に展開される弁証法論理の最初の萌芽であった。」
(3)人間性の後天的形成に道を開く
 「ところで、従来、以上のような唯物論は仁齋の短い序論に過ぎず、その本領である人間論や道徳論の領域では観念論的な封建教学から脱していないと評されがちであった。しかしその主張の趣旨を吟味すれば、彼がこの領域に於いてもまた唯物論者らしい見識を発揮していることが分かる。特に人間に関して、朱子学における『性即理』説(注1)のような生得決定論を退け、人間の生得性を『教の由って入る所以』(注2)としての陶冶性(発達の可能態)と解することにより、教育や学問による人間性の後天的形成に道を開いたことは重要である。その上で、教育者としての仁齋は、『教養型』から『対話型』への教学方法の転換をはかり、またいたずらに『勝心』をあおって精神の荒廃を招く競争原理の撤廃を唱えたのである」。(注1)人間の『性』(生得的本性)を人間に内在した『理』とみなし、道徳の先天的決定論を主張する学説。(注2)教育や学問を受容して自己を形成しうる素質。
ふりかえりにもあげたけれど、(1)柏木さんが、講義録における黙斎の言葉を分類し、課会において皆のものにしていく。(2)斉藤房一さんが、伊藤仁斎を取り上げて、おそらくは何回かに分けてレポートしていく。以上二つのことが確認されたことは、黙斎を語る会として一つの画期を為すものとなるだろう。一方において朱子学・黙斎学を学び、他方において伊藤仁斎の学を学ぶ、この構図は極めて魅力的であるし、日本の思想史理解のとっかかりを得るという意味でも、大切なことのように思う。

モクサイ通信№86(2006.07)
№86
2006.07
発行者 今関弘道
1,日時
  平成18年6月10日(土)午後2時より
2,場所
  松尾町農村改善センター
3,ふりかえり
(1)古代中国暦学の到達点、およびその後の展開について(報告、今関弘道)
  宋学において、宇宙論がどのように具体化されていたか、柏木さんよりアドバイスあり。追加報告ということになるか。
(2)稲葉黙斎語録について(柏木恒彦)
(3)その他、会員の拡大など。
次回に回します。
1,日時
  平成18年7月29日(土)午後2時より
2,場所
  旧成東町公民館会議室
3,議題
(1)前回のふりかえりについて
(2)稲葉黙斎語録について
(3)その他

モクサイ通信№87(2006.08)
№87
2006.08
発行者 今関弘道
黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年7月29日(土)午後2時より
2,場所
  旧成東町公民館
4,出席
  柏木恒彦、斉藤房一、今関弘道、山口 巌、後藤 宏(懇親会)
3,ふりかえり
(1)稲葉黙斎語録について
    レポーター 柏木恒彦
(2)中国古代暦学について
    レポーター 今関弘道
(3)その他、会員への連絡方法など。
次回に回します。
1,日時
  平成18年9月2日(土)午後2時より 
2,場所
  旧成東町公民館会議室
3,議題
(1)前回のふりかえりについて
(2)稲葉黙斎語録について
      レポーター 柏木恒彦
(3)中国古代暦学について、科学性の萌芽とその後の停滞の因について
      レポーター 今関弘道

お盆の季節、それぞれの過ごし方があって然るべしだろう。
 迎え火と送り火、せいぜい幕末から明治初期のあたりまでだろうが、戻ってきた先祖の人たちと、話をするのもいい。向こうに行った人たち、親兄弟、竹馬の時代の友、社会に出てからの友だち、会話するにはいい機会だ。ぼくらの生もすでに半世紀が経過している。
 アニミズム、千の風になって、迎え火、送り火、原始的な宗教観とはいえ、何となく魅力がある。お盆を商業化した既存の宗教、お寺さんの騒ぎ立てるお盆より、数等魅力的だ。

モクサイ通信№88(2006.09)
№88
2006.09
発行者 今関弘道
黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年8月2日(土)午後2時より
2,場所
  旧成東町公民館
3,出席
  柏木恒彦、斉藤房一、今関弘道、山口 巌、後藤 宏(懇親会)
4,ふりかえり
(1)古代中国暦学のについて
(2)稲葉黙斎語録について(柏木恒彦)
(3)その他、会員の拡大など。

1,日時
  平成18年10月7日(土)午後1:30時より
2,場所
  旧成東町公民館
3,議題
(1)古代中国暦学のについて,または 論語にみるユートピア論、聖人の出現と学・知・礼・仁の    世界[1]時代の転換期、春秋時代から戦国時代へ(今関弘道)
(2)稲葉黙斎語録について(柏木恒彦)
(3)その他、会員の拡大など。
 
モクサイ通信№89(2006.10)
№89
2006.10
発行者 今関弘道
黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年10月7日(土)午後1時30分より
2,場所
  旧成東町公民館
3,出席
  山口 巌、柏木恒彦、今関弘道、後藤 宏、今井一善、戸辺博靖
4,課会次第
  (1)開会・挨拶
  (2)レポート(課題の提起)
    ①古代中国の暦学について(今関弘道)
  (3)次回日程について
  (4)その他
  *課会終了後結城屋で懇親
5,総じて
 今井一善さんの参加、よかった。これからが楽しみですl。モクサイを考える会、その一つの側面は、人と人との関わり、付き合いにあると思う。それと、戸辺さん、久々の参加、僕も顔を出していたし、房一さんも参加の呼びかけをしていた。よかった。

1,日時
  平成18年11月4日(土)午後1:30時より
2,場所
  旧成東町公民館
3,課会次第
 (1)開会・挨拶
 (2)ふりかえり(モクサイ通信)
 (3)レポート(課題の提起)
  ①孔子の生きた時代、春秋・戦国時代について(今関弘道)
  ②稲葉黙斎語録(柏木恒彦)
 (4)次回日程について
 (5)その他
 *課会終了後懇親会を予定
はじめのころ(1)
モクサイを語る会、はじめのころを思い出す。八年も前のこと。会を作ったけれど、何をするか。一部に農業問題という声もあった、でもそれは止めた。余りにも身近なことで、自信がなかったからだ。頭の隅に共済推進とか、ボーナス貯金とか引きづって、農業・農協問題など語れるか。われわれは申し分のない環境を手にはしていたのだけれど、せいぜいのところ上司の悪口、下手をすると同僚の悪口にも及びかねない、というような気持ちが強かった。とはいえ、やってやれないことはない、という気持ちもあった。山武農協史というものをまとめていたし、農業の未来は、したがって農協の未来も決してバラ色ではなかったからだ。しかし、自分たちの傷口を広げかねない、そのような危惧の方が強かった。


モクサイ通信№90(2006.11)
№90
2006.11
発行者 今関弘道
黙斎を語る会のホームページhttp://mokusai.web.infoseek.co.jp/
1,日時
  平成18年11月4日(土)午後1時30分より
2,場所
  旧成東町公民館
3,出席
  柏木恒彦、今関弘道、後藤 宏、今井一善、土屋幸恵
4,課会次第
  (1)開会・挨拶
  (2)レポート(課題の提起)
    ①孔子の生きた時代、春秋・戦国時代について(今関弘道)
    ②稲葉黙斎語録(柏木恒彦)
  (3)次回日程について
  (4)その他
  *課会終了後結城屋で懇親
5,総じて
 (1)土屋さんの参加、忙しい身体なのだけれど、これからも出られそうだ。よかった。
 (2)房一さんこれで二度お休み、ちょっと心配。
 (3)山口先生、植木の剪定、梯子から落ちた、大事を取ってということなのだけれど、気をつけてください。
 (4)次回レポート、後藤さんのソクラテス。古代ギリシャの話、どんな格好をしてあらわれてくるのかな。
三国志についても、事情はモクサイ論議と似ています。こちらは軽い気持ちでということなのだけれど、作業する時間的余裕がないということのようです。人ごとのように書いたけれど、反省を含めて、こっちの方も来年だね。
1,日時
  平成18年12月2日(土)午後1:30時より
2,場所
  旧成東町公民館
3,課会次第
 (1)開会・挨拶
 (2)ふりかえり(モクサイ通信)
 (3)レポート(課題の提起)
  ①ソクラテスの善と孔子の仁について<仮題>(後藤 宏)
  ②稲葉黙斎語録(柏木恒彦)
 (4)次回日程について
 (5)その他
 *課会終了後懇親会を予定
この所お休みが多くて、気にしているのだけれど。まとめる時間と余裕がちょっとたりないみたいです。ジオ・ポエムの翼に乗って、HP更新の作業というか、振り返りの作業というか、振り回されています。ここでは、理気二元論というような、宋学やモクサイ学の思想的な側面、ものの見方・考え方を取り上げてきたので、それだけに慎重にならざるを得ない、という事情もあります。すでに師走、オニさんに笑われるけれど、来年は頑張るぞ。

はじめのころ(2)
 農業問題を俎上にあげるだけならば、それは出来ないことではなかっただろう。しかし、われわれの力量、主体的条件の問題がある。農業問題の深刻さ、根の深さを、受け止めることが出来るのか。戦前においては、産業組合とロッチデールとの蔽いがたい落差。戦後においては、農地改革から農業改革へという、民主化の一時期を除いては、日米同盟の厚い壁が立ちふさがる。農業の自主的展開の道は閉ざされ、農協は再建整備でバタバタ、それでも何とか立ち直ってみたけれど、農村は土地と水と人間を奪われて活気を失い、加えて自由化の波。日米同盟の死活的重要性を理解したとしても、そのあとが続かない。農協運動があるではないかといっても始まらないだろう。農協運動とは何か、深い井戸の中に落っこちてしまう。われわれは何をしてきたか、何をしているのか、何をしていかなくてはならないのか。堂々めぐりになる危険性が大いにあった。